2017年09月05日

映画『MOTHER FUCKER』

いやぁ〜〜〜。元気が出た。元気が出る映画。これに尽きる。
HP35ぐらいで映画館に入って、出るときHPが350くらいになってた。
元気になりすぎて「あれ? 私こんな声デカかったっけ?」と思ったほどだ。
それってなんでだろう?って考えてみる。

私は現在35歳で、20代の10年間でだいたい50冊くらいのフリーペーパーを発行し、100回くらいイベントを企画して、酒飲んでゲラゲラ笑いながら「楽しー!楽しー!みんな大好きー!きゃー!きゃー!きゃー!」それのみを両手に抱えて突っ走った。私の中にはそれ以外なんもなかったけど、めちゃくちゃ大好きな人たちが私の周りにたくさん居てくれたおかげで私は誰よりも幸せだった。

20代が終わる日に現在の夫と交際歴0日で婚約をして、2ヶ月後のエイプリルフールに籍を入れた。完全に勢いと面白みしか考えてなかった。「チョー面白くない? ゲラゲラゲラ」で運命の人と結婚したと今も思っている。漫画のような人生がいいと常々思う。まあ若さゆえ少なからず人生をナメてたとも思うが、今年の春で結婚生活が丸5年になったことでナメてた分はペイしたと思う。ちょっと話が逸れたけども。その結婚してからの5年のうち4年間はガールズバンドのマネージャーをやって日本中をグルグル旅してたくさんの人と出会った。マネージャーを辞めてから最後のつもりでフリーペーパーを1冊発行し、ライブハウスで働き始めて半年 ← 今ここ。

正直に言おう。30代の私は今のところ相当モンモンモンモンしている。かなり雑な表現になるが、誤解を恐れず言うなら「幸せじゃない気分」が続いている。悲しいことに20歳代の自分を羨むときもあった。いやあこれは凄く恥ずかしい話だ。お恥ずかしいし、しょーもない。ホントね。さーせん。で、映画『MOTHER FUCKER』を観ているときに「はっ!」と気がついた。あれが原因か!と。その原因は挫折だ。マネージャー業をやっているとき、私が全力で投げた魂むき出しのボール150個のうち100個以上は見事にシカトされた。最初は目で追うくらいの反応があったが、最終的に私の姿も見えてないくらいの見事なシカトっぷりだった。いや、これは物理的な話ではなく精神的な話なわけで、そこに悪意があるわけじゃないのも頭では理解できる。しかし。伝わらない。繋がらない。雲を掴むような虚しさばかりが目に付いた。最後の最後まで納得いかなかった。今もその気持ちは変わってない。トラウマのように自分の中でドッシリと鎮座している。しかし、その挫折を自分や他人のせいにするのを今日で止めようと思う。ベストを尽くしたことに変わりはない。鎮座している事実を受け入れ、前を向くことにする。「アンタちょっと映画の話はいつ出てくるのよ?」と思われそうなんだけど、ちゃんと関係あるので、もうちょっと待ってほしい。

私は「全裸で野原を全力疾走しているような人が好きだ」ということを日常で頻繁にクチにする。自分もそうありたいと思う。もちろんコレは比喩だ。自分の感情を偽らず、他人の感情をなるべくダイレクトに皮膚で感じながら、かすり傷をつくりつつ疾走する爽快な人でありたいし、欲を言えばなるべく走りながら笑っていたい。そして、ワガママを言えばそういう人とだけ付き合いたい。自分の感情にも他人の感情にもいちいち誠実でありたい。だから鎧でガチガチにガードした人と全裸の私が向き合って話す話題は何もない。自分の感情も他人の感情も見て見ぬふりをして、何も起きてないと言い聞かせながら日々をやり過ごし、問題が風化するのを待つ人と私は関わりたくない。

ここからが、このブログで1番大切な部分です!!!

映画『MOTHER FUCKER』は日々であり、生活であり、人生であり、人間だ。そして、私たちにとってライブハウスは、音楽は、バンドは、日々であり、生活であり、人生だ。この映画には私の大好きな全裸で野原を全力疾走しているタイプの人ばかり出てくる。超絶カッコイイ。その代表格が谷口家に人々であり、その様を観ているとあまりの全裸さに服を着ていることを恥だと感じてくる。服を着てて大変申しわけありませんでした!という気分になる。谷口家の人々に直接関わった人たちが、ことごとくそういう気分になったとすると、レスザン村の村人全員が全裸で野原を全力疾走する祭りが開催されることになる。それぞれの走り方とそれぞれのペースで可能な限りなく自由に……と、ここまで書いて「はっ!」と思った。ちょっとこれを観てよ!



まあ、あの物理的な服は着てるけど、これが「レスザン村の村人全員が全裸で野原を全力疾走する祭り」の具現化じゃないでしょうか。私は勝手に納得した。

「服を着てて大変申しわけありませんでした!」の瞬間が伝わっている瞬間だと思う。大切なのは言葉じゃない。そして、家族というとても密接な人間関係の中では言葉が重要になる瞬間があり、言葉を使うことで伝わりにくくなる事柄もあるということも表現されていて、そのもっと深いところに絶対的な信頼があるから、谷口家の人たちはとても幸せに見えるし、笑っているんだって思うと、家族が笑っているだけで感動できる。

そして、この映画の中にはいくつもの正解が出てくる。正解は1つじゃないっていう場面が何度も出てくる。それぞれの走り方とそれぞれのペースで可能な限りなく自由に。青が正解だからと言って赤が不正解なわけじゃない。緑だって黄色だってフェイクでなければ正解だ。それを圧倒的なパワーとリズム感と音楽で1時間半のダイジェストのように見せてくれる。

私が映画を観たあと凄まじく元気が出た理由は、谷口家の人々に「お前は大丈夫だ!いけ!ドーーン!」と背中を押してもらったような気持ちになったからだ。挫折によって失っていた自信を取り戻すための光をくれた。だって、私とは違うパワフル超人だと思っていたユカリさんも、私と同じように悩んだり葛藤したりしながら1歩ずつ前に進んでいる。私は女性なのでホント共感しかなかった。最後に映画館の前で監督さんにお会いした。とくに女性や若い人に観てほしいと言ってた。私も同じように思う。少しでも興味を持ったらオジサンであっても絶対に観に行ってほしいよ。東京は8日までなので、今日を含めあと4日しかないです!ちょっと無理してでも観て!マジで最高だから!
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言い訳なんかいくらでもできるけど、言い訳を探すヒマがあったら面白い事をやるために何かを考える時間にした方がきっといい。でも、面白いことは自分の中にしかない。だから、自分と真摯に向き合う時間も、立ち止まって振り返る時間もとても大切。そんでもって言い訳ばっかりしていたい気分のときだってある。気分は何より大切。面白いことを考える気分になれなくてモヤモヤしてる人は映画『MOTHER FUCKER』を観たら1発だって思う。
posted by TONG at 16:26| Comment(0) | 映画